やまと(倭)は国のまほろばBlog

美しい国日本を守るため歴史、経済、政治面から社会についての思想的考察を行います

YouTubeとかIOT時代の新サービス CtoCコンテンツのゆくえ

メルカリ、BUYMAといったIOT時代の新サービスにつき述べましたが、そこでは従来の物を見極める(見定める)調達する。といった会社としてやってきた業務が無くなり、個人と個人がこれら会社の仕組むを使って繋がります。

そういった意味では個々の商品などは個人からの提案ですので小さな規模になってしまいますが、それが全国規模で集まると、大きな流通金額の塊となり決裁を代行する会社も儲かることになります。

こういった流れは物販のみならず、役務を提供するといった分野にも拡大し、所謂コンテンツの流通に関しては既に大きな規模となってきています。そしてそこでも上記CtoC物販に見られるようなモラルの問題や著作権といった問題が益々大きくなってゆくことと思います。

従来音楽、映像、小説といったソフトそのものに価値がある物はCDであったり、本といったハードを媒体に流通し、それを製造、流通する会社を中心に著作権やコンテンツの内容といったある意味モラルを遵守する体制が構築されていました。

しかしインターネットの世界が当たり前になると、それらのコンテンツをそのまま、ハード無しで流通させる事が可能になりました。音楽で言えばiTUNEであり、映像で言えばYouTubeで様々なコンテンツ配信の仕組みです。本も既にKindle含めた電子書籍が普及し、一つの小説に一つのハードカバーといった形はどんどん姿を消そうとしています。
こういった形になる際も音楽関係では著作権の問題がずいぶん騒がれましたが、こういったコンテンツ関係においてもプロから個人(素人)がネットを使い、コンテンツを発信し、金を稼ぐというCtoCの形が当たり前、どんどん拡大しています。YouTuberなどはを束ねる会社などが設立されましたが、その言い例でしょう。

YouTuberと称する人たちが毎日映像を配信し、それの視聴により広告宣伝会社が儲かり、還元される。
個人のビジネスといては一攫千金の可能性がある夢のようなビジネスですが、そこに竜津するコンテンツに関しては、その素性、内容を厳格にチェックするわけではなく、いわば“剥き出しの”コンテンツです。

YouTubeでは公序良俗に反するコンテンツの配信は禁じる、削除する。といったことをうたっていますが、ありとあらゆるコンテンツを完全にチェック出来るわけがないし、必ずそういった規制をくぐるものが出てきます。上記のような会社組織があってもコピー製品とかが出回るくらいですから。

所謂"個人的自由“が社会性(著作権公序良俗)を破壊するということになりかねず、ここにも又いい意味での規制ということが必要なのではないでしょうか?

個人的自由と社会性という問題がより高まってきている。そして結論を言ってしまえば、行き過ぎた自由を社会の中に閉じ込めてゆく必要性が益々高まってきている時代になってきていることは間違いないと思います。