やまと(倭)は国のまほろばBlog

美しい国日本を守るため歴史、経済、政治面から社会についての思想的考察を行います

日産報道に見る「きちんとやる」事の崩壊

10/2 日産自動車は、国内全ての完成車工場で「補助検査員」が国の規定に反して出荷前の完成検査をしていたという問題で121万台のリコールを発表しました。費用は250億円で、原因は現時点では十分いつかめていないとして1ケ月程度をかけ調査をするとの事ですが、ここ数年以前では考えられなかったような不良、不具合が報道されてきています。

 1.「きちんとやる」ことの崩壊 

2015年、東芝で長期にわたる不適正会計の問題が発覚。同年には旭化成建材のマンション杭打ち工事データ改ざん事件又東洋ゴムの免震パネル、防振ゴムなどの試験データー偽装事件が大きく報道されました。2016年には三菱自動車でカタログ燃費の詐称及び不正計測が発覚し、実質日産に吸収されたことは記憶に新しい出来事です。そこに来て今回のこの報道です。物作りの日本などと言っていた時代が本当に懐かしく感じられるように時代になりました。“きちんとやる”ことの崩壊がとめどなくなく続いているということでしょう。

こういった不具合が発生しつづける原因としては、テクノロジーの進化による作業の複雑化、難しさ等々色々な理屈はあるでしょうが、“きちんとやる”という風土が薄れ、無くなるという事は日本という社会の伝統が崩壊しつつあるという見方もできると思います。

そもそも日本における会社は戦後、一つの社会として成長してきました。
昭和50年代と比較して見るとそれははっきり分かります。この時代は、国内においてメーカーの地位が非常に高く殆どが正規雇用で社内においては、小集団活動、QCサークルといった活動が盛んで、毎日製造現場では品質を向上させるにはどうすべきか。
改善できる所はないか。それこそ全員で議論していました。
まぁいい意味でも、悪い意味でも一家という感じでしたし、実際製造現場の人も会社に対する忠誠心とプライドは非常に高いものでした。製造、事務両面での不良というものも勿論0ではありませんでしたが、現在の物に比べるとはるかに規模が小さく、かつ発生した時には再発防止策を本当に真剣に議論を戦わせていたものです。

ここまではまだ日本の社会を支える伝統が息づいていた時代でした。

2.日本の伝統とは

では日本の伝統とは何か?
それはまず日本という国は天皇を祭祀と頂いた祭祀国家であり、見えないもの、天変地異を畏れ敬ってきたという事が挙げられます。
それによって誰が見ていなくとも、真面目にきちんと物事をやってきた。これが一つ。天皇制反対とか言う輩がいますが、2000年からの伝統としてそうなっているものを変えることは出来ません。

次は、日本という国は平等国家であり、かつ周りと調和しつつ動く。という事に有ります。日本には貴族階級とかはありませんし、下克上、又明治維新薩長の下級武士中心に行われた事をみても、社会に階級というものがなく平等社会ですし、農耕民族的な周りとの調和を重んじる民族というのは理解できると思います。

こういった伝統が家庭から無くなり、会社の中でも無くなってきたのがこの戦後60年の歩みと言えるでしょう。親も親と思わなく反抗する、自分中心にふるまい、他人に迷惑を掛けても感じない等々、様々な事件が魔位置に発生しています。

3.日本の会社の不確定性

現代では、国内のGDPにおける製造業比率は20%を切り、実際製造を担当する会社は子会社化されている所が殆どとなっていますし、非正規雇用比率も30%を超えています。ここで今までは平等?だった社内に変な階級が出来てしまっている。
かつ社員は利益最優先で成果を求められ、成果報酬の掛け声の元毎年成果を査定され、かつ毎年果てしなく続く効率化の掛け声の下でリストラが常態化し、従業員としては会社に確定性=毎年ちゃんと雇用を守り、生活面を保証してくれる。も求められなくなってきています。その意味では会社という所に日本の伝統としての組織の考え方、文化は無くなり、ただ不確定性が高い箱が残るだけとなってしまっています。


それが欧米流の進化というなら、それは全く日本の屋台骨を益々脆弱にしてゆくことにしかならないのではないでしょうか?
こういった状況でいくら会社の為に頑張ろう、全員一致で難局を乗り越えよう。などとお題目を述べても誰も信用しないでしょうし、実際モチベーションが上がり、正しい行動に結びつかないのは当然の事といえると思います。

4.日本の伝統を守ること

今更辛気臭い話かもしれませんが、もう一度日本の風習、伝統を見直し、少しでも復活してゆく事が必要と思います日本の国の成り立ちを学び、特性を知る。その上で諸外国からの文化を取捨選択し、取り入れる。そういった事が本当に大切な時期と思います。


選挙運動を見ても、野党は票の取り合いで野合を繰り返すばかりで、国をどうしてゆくのかといった肝心の理念も見えないだけでは日本の国力がどんどん落ちてゆくだけでしょう。来年から小学校では、道徳の授業が復活するとのことですが、こういった事を一つ一つ積み重ねてゆくしかないのでしょうか。