やまと(倭)は国のまほろばBlog

美しい国日本を守るため歴史、経済、政治面から社会についての思想的考察を行います

メガバンクでの大量人員削減報道:日本の産業に何が残るのか?残すべきか

先日3メガバンクが今後数年間で3万人のリストラを行うという発表がなされました。特に規模が大きいのはみずほFGで、三菱UFJ、三井住友FGがそれに続く形です。様々なBlog等でこれらに関する内容は触れられていますが、ここでは日本の産業構造という観点から話をしてみたいと思います。

続きを読む

日本企業再生の鍵:個々人のやる気を上げるグループ経営のすすめ

昨今、日産自動車神戸製鋼といった日本を代表する大企業で品質問題が発生し、連日日本の産業は大丈夫かといった報道がなされています。
日産自動車神戸製鋼も収益至上主義の下、合理化と称する人員削減を行ったことがその一因となっているのは間違いがありませんが、では今後どうやってこういった事故が起きないようにしてゆくべきか。

続きを読む

日産問題に見る合理化?と巨額の損失と日本企業の今後について

先日、日産の社長が記者会見を行い、今回の不始末とその影響額につき述べました。これは言ってみればごく当たり前の話でしたが、非常に今回の件の原因につき示唆していたのは、NHKで流した現役の品質管理担当のインタビューです。

続きを読む

究極のパーソナル機器スマホが進める個(人)の世界

最近IOT時代に於ける特長と今後につき記述していますが、今日はスマホの普及・拡大と個人の生活について。

 私たちの身の回りの耐久消費財の歴史をたどるとそれは、ビジネスユースに始まり、(ホーム)パーソナルユースに変遷し、その中で形としてはポータブル化、最後はパームトップ化して進化?してきています。
これは歴史の法則といっては大げさですが、事実としてそうなって来ています

例えば、齢が分かるような話で恐縮ですが、昔々電話なんていうものは一家に一台設置されていませんでした。昭和30年台の後半でです。
当時の緊急連絡の手段は電報が主流で、電話などは個人的な話を言えば、裏にあった旅館のお姉さんが“××さん電話ですよ“と取り次いでくれたもんでした。ビジネスユースとしてしか導入されていない時代でした。

それが一家に一台となり、’90年代には携帯電話が登場し、現在ではスマホとなって完全にパーソナル&パームトップ化しています。
パソコンもそうです。元々はワープロなる文書作成機が会社にありましたが、機能が拡大したビジネスユースとしてのパソコンが導入され、それを家庭で使うようになり(それもディスプレィモニター付の大きなやつ)、LapTopとしてポータブル化が進み、ネット検索など今ではすっかりスマホに取り込まれて来ています。
TVもオーディオも最初は喫茶店とかの場所でビジネス用途で導入が始まりそれが家庭に入り、パソコン上で操作されるようになり、スマホで視聴する時代です。

車なんかも元々社用しかなかった時代から、ホームユースとして一家に一台購入され、地方では1人に一台のパーソナル化が進展しています。

こういった物の一連の動きは、一つには人間の利便性を追及し、量の拡大と共にコストダウンして普及しと言う事ですが、TV、オーディオ、カメラといった個人の欲求を追及する物を自分中心に使いたいといった人間の欲求とそれを実現する技術が結実して来たと言ってもいいでしょう。

しかもこういった欲求を実現する機能がパーソナル、パームトップ化するとそういった機能がどんどん取り込まれてゆきます。

従来の医療機器である血圧計などの機能がスマホに取り込まれ自分の脈拍、健康状態を把握しネット上で管理する。銀行の機能を取り込み決裁したり、電子マネーで買い物したりということも当たり前の時代です。はたまた最近では、音声で行きたいところや、面白い所を紹介してもらうなど、今までは本や、旅行代理店などで調べなければならなかった活動がスマホ中心に展開され、ますます個人的な生活の営みのみが考えられるようになってきています。

機器のパーソナル化の究極の姿がスマホであり、ここ十年くらいの間に上記のようなパーソナルな世界があっという間に当たり前となりました。


まさに個としての個々人において自分中心の世界がどんどん拡大しているという事が言えると思います。

 

ymahoroba.hatenablog.com

 但しそこは、決して精神的にも安定した所ではないでしょう。
自分のスマホ中心にその範囲内だけで考え、生活する。確かに無機質な情報量は昔に比べ格段に多い。しかしそこでは周りとの関係が益々希薄になり、ネットで繋がっていると思っていても、実際自分が悩んだり、困ったりした事に対するリアルな解には辿り着かない。

かつリアルな人的摩擦が無い分、世界がどんどん小さくなり、他の人が何を考え、どう社会が変わってゆくのかといった疑問も持たずに過ごしてゆく。
その意味では、社会そのものが個としての集合体となり、どんどん不安定化してゆく事になってゆくでしょう。

今の様々な事件に見られるように。

そこでは、ある意味人気のある情報が正しいと思われ、それに皆左右されてしまうという状況も発生します。無機質かつ多くの情報の中で何が正しいのか判断してゆくか決めてゆくのには人気のある?情報を信じることが一番簡単だからです。

今更昭和30年代の世界に戻れなどというつもりはありませんが、以前は確かに互助、互酬するといった意味での社会的な仕組みがありました。電話を使うのも互助の関係があり、喫茶店で音楽を聴く際も他の人に迷惑にならないよう気を使い、ちょっとでも音を立てと“シーッ!”と怒られたようなある意味で人と人とを繋ぐ事といったがどんどん薄れていっていますし、どんどん拡大している。そういった社会的仕組みを会社が補ってきたわけですが、1990年代のグローバリズム礼賛でそれも崩れてしまった。

こういった状況が拡大してゆく事が本当にいいことなのか?

先日食事後に父親からゲームをやっている事を注意された子供が父親を殺害するといった事件が発生しましたが、これなどは正に個なる世界が中心となって生まれてしまった事例なのではないでしょうか。
日本の文化を守るとか大それたことは言わないにしても、互助、互酬といった人と人とを繋げる考え方、それを道徳といってもいいかもしれませんが、そういったものが必要であり、社会と個、個人というものを真剣に考えなければならないとつくづく感じます。

メルカリとかインターネットCtoC新サービスのゆくえ

日本を取り巻く大きな課題の一つにIOTの進展があります。なかでも最近インターネットを使った新しいサービスが急拡大しています。メルカリとかBUYMAとか利用している人も多いでしょう。インターネットを使ったサービスはAmazonなどその先駆けで既に巨大な企業となっていますが、これらビジネスの成功の鍵は何か?と言うとそれはプラットフォームに他なりません。

続きを読む